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2007年2月14日 (水)

すすむちゃん

父の一番下の叔父の名前。

若い叔父さんは、姪っ子甥っ子達からも《すすむちゃん》と呼ばれる親しみやすい人でした。

歌謡界華やかりし70年代後半、紅白歌合戦出場の某歌手のコスチュームをデザイン担当。植田いつ子先生を師とし、長年アパレル業界の荒波にもまれて、表舞台に立つことなく、日本のオートクチュールの縁の下として活躍してきた人。

叔父とはいえ、おおよそのプロフィールはそのくらいしか知らない。。。

東京のデザイナーのすすむちゃんは、オシャレでハイカラで。宮城の田舎に何年かぶりに帰省すると聞けば、会うのが嬉しいような恥ずかしいような。こちらが気恥ずかしくなるような、ずば抜けた洋服のセンス(プロなんだから当たり前なんだけど)で、子供心に「テレビで見る人みたい~」と思っていました。

マロングラッセもミミネーグルも。あの当時珍しくてセンスの良い高級洋菓子は、全てすすむちゃんのお土産で、見知らぬ東京への憧れと華やかなアパレル業界への想像がいつもセットになって、余計美味しく感じたものでした。

田舎の高校を出て、親の援助も無く、独学で洋裁を習い、その道を極めるのは、見た目の華やかさからは程遠い努力があったことでしょう。おそらく夢も挫折も、叔父の人生の中では沢山交錯したに違いありません。

働きすぎ、だったのです。

昨年自分の事務所を構えて、自分の体を振り返る時間も余裕も無かったんだと。

昨日、50代の若さで天国へ旅立ってしまいました。大きな病院へ搬送されてすぐ危篤状態になり、父はすすむちゃんの最期に間に合わなかった。。。兄弟の初めての死が、一番下の弟であったことに、男泣きに泣いたらしい。。。

どう生きて、どう死ぬか。誰もが生まれてそして死んでいく。死ぬまでの生きた軌跡が人生の価値であり、人としての価値なんだと思います。

子供の頃は憧れの存在だった、すすむちゃん。私も大分歳をとって、どう生きてきたかを自覚するようになってきました。

叔父としてはおぼろげにしか知らない、すすむちゃんの最期の軌跡を確かめに、そして冥福を祈りに、週末東京へ行ってきます。

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