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2010年9月10日 (金)

父の入院

父の入院
実家近くの田んぼの風景。
すっかり色付いた稲穂がこうべを垂れています。

無理しても、宮城に帰ってきて良かった。本当に良かった。

…勿論命に別状は無く、入院も1週間程度。入院に至までの経過も、逐一、妹と連絡を取りながら確認してきました。

数回の検査も入院手続きも、全て妹が両親に同伴し、私は任せっきりで安心していました。

娘が11月の公募推薦に合格したら、元気になった父の顔を見に、娘を連れてお正月に帰省する予定でいたのです。

父の入院の二日前の夜、母から珍しく電話がありました。

『親の入院、ましてや手術となれば、娘だったら駆け付けるのが当然!』

心配してる気持ちは、目に見える形でないと納得出来ない母。

父は、遠い神戸からわざわざ高い飛行機代かけてまで、来てもらう必要は無い。と言うに決まってます。心配してる気持ちは、何処にいても伝わってるから…と。

そりゃね、直ぐに会えるんなら何を置いてでも行きますよ。

電話で母と言い争いになり、「薄情な娘で申し訳なかったね!」と電話を切ったのでした。

その後、先に実家に帰省した妹と父とで、母と大バトルがあったようです。

何より、病気の父に対する配慮が一番大事なのに、入院直前に不穏な雰囲気になっていました。

私も売り言葉に買い言葉で、飛行機の予約を取りました。

…まさか、本当に私が父の入院に間に合ったので、『来るのは子供としての当然の義務!』と言ってたにも関わらず、母は恐縮の表情…

母の顔を見るまで、私も随分モヤモヤしてたけど、やはり老いた母のすまなそうな笑顔を見れば、気持ちも氷解しました。

無理して来なくていいと言ってた父も、目元を潤ませてたし…

漫画だらけの孫からの手紙に、またウルウル…

結局手術は予定時間をだいぶオーバーし、7時間半の大手術となりました。

手術室から父が出てくる迄の、不安な時間の長いこと…

術後翌日の今日は、お昼から普通の食事を食べられるようになっていました。
まだ、体には何本もの管や機械が付いており、歩けるのは明日以降になりそうです。

ベッドの上のまだ動けぬ父に「お正月にはまた来るからね!」と手を振り、母に見送られて病室を出ました。

母も父の初めての入院は、不安で仕方がなかったんですよね…。

『妹は一から十まで付き添って面倒みてくれ、遠くに住んでる長女はそれに甘んじて知らんぷり』

こうやって駆け付けて来れたわけだから、無理しても来ようと思えば来れたのですもの。

言われてみれば、母の言うことも当然と言えば当然。

いつも頼りにしている妹も、『やっぱりお姉ちゃんがいれば、気を張らなくていい分、気持ちが楽だった』と。
妹も忙しい時間を遣り繰りし、1人で両親の世話をしてくれていれば、その緊張はかなりのものだったと思います。

1人より2人、2人より3人。家族が寄り合えば、やはり力強い。

帰りの空は、秋晴れの宮城。

後ろ髪引かれるけど、切ない涙を飲み込んで、機上の人となりましょう。

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