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2011年7月

2011年7月31日 (日)

娘が二人

娘の、弘前時代の大親友シオちゃんが、夏休みを利用して神戸に遊びに来ました。

東京で一人暮らしのシオちゃん。夜行バスの移動も慣れたもので、一人サクサク行動できる自立心旺盛な女の子。

サバサバしていてはっきりしている、さすが私の大好きなMrs.TANA-KAの娘ですhappy01

201107302142000 昨日は神戸に朝着いて、そのまま二人で京都観光したようです。

帰ってから、マンション併設の温泉に二人で入って、晩ご飯の後にキャッキャと音楽会。

シオちゃんも中学生までピアノを習っていたし、母のMrs.TANA-KAもエレクトーンを弾くので、音楽は二人の共通の話題でもあります。

遅くまでアルバムを見て笑ったりしてましたが、今朝は朝食後に早々と支度して、夏の最終バーゲンへ意欲満々と参戦しに行きました。

大学生になってから、お小遣いを一切あげていませんので(自分で稼げ!punch)金欠の娘。夏休みの単発アルバイトもこれから探すらしい。

とは言っても、ジジババからお小遣いをたまに貰ったりしています。

今日は、こそっと一万円渡しました。

「うほっ!lovely

西宮ガーデンズの開店に間に合うよう、それなりに決めてbleah出かけましたとさ。

201107310854000 行ってらっしゃ~いhappy01happy01happy01

2011年7月25日 (月)

これは何でしょう?

これは何でしょう?
泡立て器みたいな、この道具。

これ、何だと思いますか?

その名も ヘッドシュワー 。

ゾクッと快感!!
スッキリ リフレッシュ!

だそうです(^m^)

どれどれ…。

「頭の上からすっぽりかぶせて、ワイヤーを上下左右に動かしてください。フィット感はお好みでワイヤーをゆるくしたり、せばめたりしてください」

なるほど、気持ちイイ〜!

髪の地肌を摘んでマッサージしてもらってるよう。

ハゲにも効くかな。

何も言わず何も聞かず、そっとプレゼントして頂きました。

ありがとうございます。

頭よしよし、って感じより、頭わしわし、って感じです。

2011年7月23日 (土)

宮城よ、また来るからね

宮城よ、また来るからね
庶民的なお寿司屋さんで、空港行きのバスに乗る前に軽いランチをしました。
(妹のおごり♪)

石巻産金華サバの握りは、宮城じゃないと食べれない。

ランチビールで妹とお疲れ様会だね。

何もかも頼りっぱなしで、いつになく娘に遠慮がちの母でしたが、相変わらず振り回される事の方が多く、実家だからこそ疲れるんだと、今回も痛感させられました(-ロ-;)

私が帰れば、また妹一人の肩にその重さがのしかかります。

ごめんよ〜(;_;)

ワガママで独り善がりの母の手綱を、なんとかさばいてちょうだいね。

神戸から手伝いの遠隔操作出来ればいいのに。

明日からは、私の現実が待っています。

父の思い出を胸に温めて、今を大事に生きていこう(^-^)

2011年7月20日 (水)

台風のお陰で、涼しい〜♪

喪服の帯の跡に、汗疹がびっしり出来た程の猛暑でしたが、台風が涼しい空気を宮城に運んでくれました。

朝方からどんどん気温が下がって、夜は20度を下回っています。

お風呂上がりに、冬物のパジャマを母に借りました。さすがに、ちと暑いけど。

冷蔵庫に冷やしてあるスイカも、寒そうで食べる気がしません(;^_^A

今夜はビールは少しにして、妹と赤ワインを開けました。
暑いと、キリリと冷やした白が美味しいけど、涼しい今夜はブルゴーニュが合います(^m^)

豚のしょうが焼きにアボガドのイタリアンサラダ、ガーリックフランス。

母には珍しいメニューを囲み、女3人、家族の思い出話に泣いたり笑ったりで、かしましくやってます。

早寝早起きの田舎時間もあと少し。

2011年7月18日 (月)

宮城の暑い夏

宮城の暑い夏
父が亡くなりました。

75歳と11ヶ月の人生でした。

長くない父と最後の再会になるかもしれないと思い、会社に長期休暇の相談をしたのが7日。

出掛ける準備と、冷蔵保存する食事作りに1日余裕をもって、翌々日の9日の朝の飛行機を予約しました。

しかし、8日の夜に急変。

父は、母と妹に看取られ、旅立って行きました。

急きょ、家族の分の飛行機を追加予約し、到着した仙台空港から石巻市の自宅までタクシーを飛ばし、納棺前の父に会うことができました。

ゴールデン・ウィークに会った時も、あまりの変わりように動揺したけれど、更に細く薄くなっていました。
高い鼻梁だけは変わらず…

小さくなった頭と冷たい頬を何度も撫でて、親不孝を詫びました。

「明日くんのが?…今どごさいんだっけ?…会いてなぁ…」
三週間前に起きてる父と電話で話せたのが、最後の声となってしまいました。
遠くにいる私から電話がくれば、帰省する連絡と思ったのでしょう。
神戸に住んで6年になることも、失念してしまっていました。

父の「明日…」に間に合いませんでした〓

病気の苦しみから解放され、眠るように逝った父の顔は穏やかでした。

田舎の葬儀は、古式ゆかしく、古いしきたり満載の超フルコース。
本家や親戚筋に助けられながら、厳粛にそして盛大に執り行う事ができました。

初七日まで、母と妹と3人で走りっぱなし。

今も弔問客が絶えませんが、やっと一息つくことが出来ました。

遺影の笑顔を見れば、会いたくて涙も出るけれど、家の中も少しづつ片付くと、父がちょっと留守にしてるだけのように錯覚してしまいます。

この連休明けは、母の役所の手続き等を手伝ってから週末に帰神する予定です。

二週間も休んで、自分のデスクがあるか心配ですが^ロ^;

遺された女3人で、なんとかここまで出来ました。

放っておいてもしっかりした娘たち(^m^)ですが、父の心配は一人残される母のこと。

父の介護で8キロも痩せ、今まで穿いていたズボンは、ベルトをしないと落ちてくるほど。

今は少しずつ食欲と笑顔を取り戻してきたので、ホッとしています。

でも、昼間はいいんです。夜になると、父の遺影の前で啜り泣く小さな背中が痛ましくて…

本当は、週末まで待たずに帰りたいけど(>_<)

相変わらず、日に何度か地震もあるし、心細いことこの上ない母に、もう少し寄り添います。

暑くて悲しい夏です。

2011年7月 6日 (水)

あなたならどうする?

家電に、留守番電話が入ってました。

「不在が続いたので、お届の荷物は生もので傷んでる可能性があり、引き上げます」という、配送先からの電話でした。

贈り物は、妹が毎年贈ってくれる、夏の宝石”さくらんぼ”山形の佐藤錦。

しかし、不在配達票は、ここ数日入っていませんでした。

色々確認してもらったところ、送るときに部屋番号を書き間違えていたようで、二軒お隣へ不在配達票が何度も入っていたようです。

二軒お隣さん・・・心当たりのない荷物の不在配達票が何度も入っていて、宛先の名字が違っていたら、配送会社に連絡をしないものでしょうか・・・

品名には、おそらく「生もの」あるいは「さくらんぼ」と、記入してあったはず。

私なら、迷わず配送会社へ電話するけど。

さくらんぼは、佐藤錦が終わってしまったので、新品種の物を送り直します、とのことでした。

引っ越しの御挨拶へ何度か伺っても、お会いできなかった二軒お隣さん。

でも、うちは表札も出してるし、名字を見たら分かると思うんだけどな。

自分ちに関係ないことは、知ったこっちゃないってことなのかしらgawk

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