中学の同級生でんちゃんとは、金曜の夜に梅田で会ってきました。(せっかく買った大阪地図本はまたの機会に活躍してもらおう!)
JR大阪駅の中央口で待ち合わせ。
大阪駅周辺の分かり難さは、地方出身者にとってはまるで迷路のようです。同じ都会でも東京と比べると案内表示の複雑さに頭がくらくらしてくるほど・・・
でんちゃんは出張の疲れも見せず、懐かしく福福しい笑顔でした。
でんちゃんとの付き合いは、かれこれ30年以上になるんだなぁ。小五で転校してきた以来になるのか。。。
中学になると、でんちゃんは柔道部。私はバレー部。
あれこれあって、実は中一の時からバレー部の部長を務めたのでした。小五で転校して来て、中学に上がると部活の部長。中一の時は、それは凄まじく部活の仲間からの反発がありました。
「転校生のくせに、部長だって!」 何かにつけて、転校生、転校生って言われたなぁ。中学に上がってまでも。まぁ、田舎だから、出る杭は打たれるというか、目立つ存在(転校生というだけで)には厳しい評価だったんでしょうね。
やっと中二になる頃には、部活の仲間とも円滑になったのだけど、一学年上の先輩が誰もいない弱小チームは、地域の大会でもいつも最下位でした
でんちゃんはいつも気にかけてくれてたなぁ。。。っていうか「また三位が!?三校だからビリだべぇえ~~
」と笑われていたような気がするけど。
なんかね、気が合ったのよ。
振り向いて目が合うと、いつも笑ってくれてる。そんな存在。
その後別々の高校へ進み、私が短大の夏休みに自動車教習所に通ってるときは、お盆休みに送り迎えしてくれたり。他の同級生を誘って一緒にドライブしたり。
社会人になると、実家に帰るたびに同級生との飲み会に誘ってくれたり。。。
当時は若かったし、今思うと友達以上になるには不思議の無い間柄だったはず。でも、お互い男と女の垣根を越える感情にはならなかったのよね。これまた不思議。
それぞれ結婚して家庭ができ、私も仙台から弘前へと引っ越して、すっかり音信も途絶えてたけど、約20年ぶりの同級会に出席して旧交を温め合うことが出来たのでした。
その後、地元での飲み会(殆ど柔道部)にバレー部の同級生も呼んでくれたり。。。Yちゃんに「部長~!久しぶり~!」と言われたときは、一瞬誰のことかと思ったな
何十年経っても変わらないのが、人柄
ちょっぴり恰幅は良くなったけど、でんちゃんは変わらず笑顔が優しく福福しい。
『見ず知らずの大阪で、宮城の同級生二人が歩いてるなんて面白いよね~!おっかしいよね~!』
『この居酒屋で、宮城県人は私ら二人だけだっちゃ~』
優しい笑顔の陰には、人には言えぬほどの苦悩と葛藤が隠されているのを知っています。でも、初めて会う人にも、それを微塵も感じさせない明るいオーラを持っている、でんちゃん。
車も音楽もやりたいことが沢山あって、人生を謳歌したいといつも前向き。くよくよした所を人に見せず、意識がいつも明るい方へ向いている感覚が似ているので、喋っていても心安く楽チン。だからこそ、長く友達でいられたのかな。
仕事中毒気味で、沢山ある趣味も手をつけられないのが悩みみたいだけど、男は仕事!稼いでナンボだから頑張れ!!と、同級生なのに姐さんの私は、ついつい上から目線で励ましてしまうのでした
梅田で同級会&宮城県人会。
オジサンオバサンになっても一緒に飲める友人。
でんちゃん、ありがとね。また元気で会おうね。
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